日本の童謡には、作詞者と作曲者が二人一組で名曲を生み出した物語や、時代を経て今も歌い継がれる理由が隠れています。誰もが口ずさんだことのあるあの歌は、一体誰の手によって生まれたのでしょうか。懐かしい童謡の背景にまつわる知識を、クイズ形式で楽しみながら確認していきましょう。
Q1 : 「証城寺の狸囃子」の作曲を担当したのは誰でしょう?
「証城寺の狸囃子」は野口雨情が作詞し、1925年に中山晋平が作曲した童謡です。千葉県木更津市にある証城寺に伝わる、住職と狸たちが腹鼓を打って賑やかに踊ったという言い伝えを題材にしており、「証城寺の庭は つ つ 月夜だ みんな出て 来い来い来い」という軽快でユーモラスな歌詞が特徴です。中山晋平は野口雨情とのコンビで「シャボン玉」など数多くの童謡を生み出した作曲家で、親しみやすい旋律づくりに定評がありました。狸や動物を題材にした童謡の中でも特に知名度が高く、今も童謡の定番として歌い継がれています。
Q2 : 童謡「雪」(ゆきやこんこん)について正しいものはどれでしょう?
「雪」は1911年(明治44年)に発表された尋常小学唱歌の一曲で、「雪やこんこ あられやこんこ 降っては降ってはずんずん積もる」という歌い出しで広く知られています。当時の文部省唱歌は国が編纂したものであることから、多くの曲と同様に作詞者・作曲者の名前は公表されず、現在に至るまで正式には不詳のままとなっています。それでも素朴で親しみやすい歌詞と旋律は世代を超えて愛され続け、冬になると学校や家庭で自然に口ずさまれる定番の歌として定着しています。誰が作ったか分からないまま歌い継がれてきた点も、この歌の大きな特徴といえます。
Q3 : 「シャボン玉」の作詞を手がけたのは誰でしょう?
「シャボン玉」は野口雨情が作詞し、中山晋平が作曲した童謡で、1922年頃に作られ1923年に発表されました。「シャボン玉飛んだ 屋根まで飛んだ 屋根まで飛んで こわれて消えた」という歌詞の背景には、野口雨情が幼くして亡くした我が子を悼む思いが込められているという説がよく知られています。明るく軽やかな旋律とは対照的に、切ない意味合いを持つ歌として語られることが多い作品です。中山晋平は野口雨情と組んで数々の童謡を世に送り出した作曲家で、この曲も今日まで幼稚園や保育園の定番として親しまれ続けています。
Q4 : 「浜辺の歌」の作曲を担当したのは誰でしょう?
「浜辺の歌」は林古渓が作詞し、成田為三が作曲した歌曲で、1916年頃に作られ1918年に発表されました。「あした浜辺を さまよえば 昔のことぞ しのばるる」という歌い出しで知られ、海辺を歩きながら過去を懐かしむ情景が叙情豊かに描かれています。成田為三は東京音楽学校の在学中にこの曲を作曲したとされ、生涯にわたる作曲活動の中でも代表作として位置づけられています。静かで穏やかな旋律は今も多くの人に愛され、音楽の教科書や合唱曲として長く歌い継がれている名曲です。
Q5 : 「からたちの花」の作曲を担当したのは誰でしょう?
「からたちの花」は北原白秋が作詞し、1925年に山田耕筰が作曲した歌曲です。「からたちの花が咲いたよ 白い白い花が咲いたよ」という歌い出しで知られ、北原白秋が自身の故郷での少年時代の思い出をもとに書いた詞とされています。山田耕筰は日本語の自然なイントネーションを生かした旋律づくりを重視した作曲家で、この曲でも言葉の抑揚とメロディーが美しく調和しています。山田耕筰はのちに日本初の本格的な交響楽団の設立にも携わるなど、日本の近代音楽の発展に大きく貢献した人物としても知られています。
Q6 : 「夕焼け小焼け」の作詞を手がけたのは誰でしょう?
「夕焼け小焼け」は中村雨紅が作詞し、草川信が作曲した童謡で、1923年に発表されました。中村雨紅は現在の東京都八王子市の出身で、故郷の山里に広がる夕暮れの情景をもとにこの詞を書いたとされています。「夕焼け小焼けで日が暮れて 山のお寺の鐘が鳴る」という歌詞は日本各地で親しまれ、夕方の防災行政無線のチャイムに使われている自治体も多く見られます。草川信は童謡や唱歌を数多く手がけた作曲家で、素朴で温かみのある旋律が今も多くの人々の心に残り続けています。
Q7 : 「ふるさと」の作曲を担当したのは誰でしょう?
「ふるさと」は1914年(大正3年)に尋常小学唱歌の一曲として文部省から発表された唱歌です。作詞は高野辰之、作曲は岡野貞一が担当し、二人は「もみじ」や「春の小川」など数多くの名作唱歌を共に生み出した名コンビとして知られています。「兎追いしかの山 小鮒釣りしかの川」で始まる歌詞は、作詞者高野辰之の故郷である長野県の情景をもとに書かれたとされ、離れた故郷を懐かしむ気持ちを素朴な言葉で表現しています。発表から100年以上経った現在でも、卒業式や同窓会、合唱コンクールなど様々な場面で歌い継がれ、日本人にとって最も馴染み深い唱歌の一つとなっています。
Q8 : 「どんぐりころころ」を作曲したのは誰でしょう?
「どんぐりころころ」は1921年に雑誌「かはいい唱歌」で発表された童謡で、作詞は青木存義、作曲は梁田貞が担当しました。「どんぐりころころ どんぶりこ お池にはまって さあ大変」という歌い出しで知られ、転がり落ちたどんぐりが池の鮒と仲良く遊ぶものの、住み慣れた山や仲間が恋しくなって泣いてしまうという素朴な内容が描かれています。梁田貞は東京音楽学校で学んだ作曲家で、子ども向けの歌の普及に力を注いだ人物の一人です。軽快でシンプルな旋律は覚えやすく、幼稚園や保育園では今も定番の童謡として歌い継がれています。
Q9 : 「赤とんぼ」の作詞を手がけたのは誰でしょう?
「赤とんぼ」は三木露風が作詞し、1927年に山田耕筰が曲をつけて発表された童謡・歌曲です。「夕焼け小焼けの赤とんぼ 負われて見たのはいつの日か」という歌詞には、三木露風自身が幼い頃に世話をしてくれた子守娘への思い出が込められているとされています。山田耕筰は日本語の自然な抑揚を生かした作曲で知られ、この曲でも言葉の響きと旋律が滑らかに一致するよう工夫されています。夕暮れ時の郷愁を描いたこの歌は、日本の抒情歌・童謡を代表する一曲として教科書にも長く掲載され、世代を超えて歌い継がれています。
Q10 : 「七つの子」の作曲を担当したのは誰でしょう?
「七つの子」は野口雨情が作詞し、1921年に本居長世が作曲して発表された童謡です。「烏なぜ鳴くの 烏は山に 可愛い七つの子があるからよ」という歌詞は、烏の親子を通じて親が子を思う気持ちを描いたものとされています。本居長世は国学者・本居宣長の子孫にあたる人物で、大正時代の童謡運動の中心的な作曲家として多くの名作童謡を世に送り出しました。素朴でありながら温かみのあるメロディーは今も高く評価されており、烏をテーマにした童謡としては日本で最もよく知られる一曲となっています。
まとめ
いかがでしたか? 今回は童謡クイズをお送りしました。
皆さんは何問正解できましたか?
今回は童謡クイズを出題しました。
ぜひ、ほかのクイズにも挑戦してみてください!
次回のクイズもお楽しみに。