スーパーファミコンにまつわる歴史や仕様、周辺機器、後継機事情など、発売から現在まで語り継がれる知識を集めた全10問のクイズです。当時を知る人も初めて触れる人も楽しめる内容になっています。あなたはいくつ正解できるでしょうか。ぜひ最後まで挑戦してみてください。
Q1 : 任天堂の公式データによると、スーパーファミコン(SNES含む)の全世界累計販売台数はおよそ何台とされている? 約1,910万台 約4,910万台 約6,910万台 約2,910万台
任天堂の公式な発表データによると、スーパーファミコン(欧米名:Super Nintendo Entertainment System)の全世界累計販売台数は約4,910万台とされています。日本国内だけでなく北米・欧州でも高い人気を誇り、「スーパーマリオワールド」「ドンキーコングシリーズ」「ファイナルファンタジーシリーズ」など数多くの名作ソフトを世に送り出しました。この販売実績は後継機であるNINTENDO64の販売台数を上回っており、任天堂が発売してきた歴代据置型ゲーム機の中でも特に成功したハードのひとつとして位置づけられています。
Q2 : スーパーファミコンのカートリッジスロットに挿入し、ゲームボーイ用ソフトをテレビの大画面でカラー表示してプレイできるようにした周辺機器は? サテラビュー スーパーゲームボーイ NINTENDO POWER スーパーマルチタップ
「スーパーゲームボーイ」はスーパーファミコンのカートリッジスロットに挿入して使用する周辺機器で、1994年6月に発売されました。ゲームボーイ用ソフトをテレビの大画面に映し出してプレイできるようにするもので、本来はモノクロだったゲームボーイの映像に複数の色を着色したり、画面の周囲に専用のフレーム(枠)を表示したりする機能も備えていました。同じくスーパーファミコン用の周辺機器にサテラビューがありますが、こちらは衛星データ放送を受信するための全く異なる用途の機器であり、混同しないよう注意が必要です。
Q3 : 専用のBSアンテナを通じて衛星データ放送を受信する、スーパーファミコン用の周辺機器は? スーパーゲームボーイ NINTENDO POWER サテラビュー スーパーマルチタップ
「サテラビュー」は1995年4月に発売されたスーパーファミコン用の周辺機器で、専用のBSアンテナを通じて衛星経由のデータ放送を受信し、書き換え可能な専用メモリーカートリッジと組み合わせて利用します。放送局「セント・ギガ」の電波を使い、期間限定の書き下ろしゲームやコンテンツを配信するという、当時としては非常に先進的な試みでした。専用アンテナの設置や対応地域の制約もあり広く普及するには至りませんでしたが、任天堂による初期のネットワーク配信サービスの先駆けとして位置づけられています。
Q4 : スーパーファミコンの後継機として発売された据置型ゲーム機は? ゲームキューブ Wii バーチャルボーイ NINTENDO64
スーパーファミコンの後継機として1996年6月に発売されたのが「NINTENDO64」です。その名の通り64ビットCPUを搭載しており、当時の主流になりつつあったCD-ROMではなく、読み込み速度の速いカートリッジ方式を継続採用した点が特徴でした。「スーパーマリオ64」をはじめとするポリゴンによる本格的な3D表現を全面的に打ち出したソフトが大きな話題となりました。なおバーチャルボーイはスーパーファミコンとNINTENDO64の間に発売された携帯型の立体視ゲーム機ですが、据置機の直接の後継機としては位置づけられていません。
Q5 : 本体を小型化・低価格化した後期モデルとして1998年に発売されたスーパーファミコンの派生機種は? スーパーファミコンJr. スーパーファミコンmini ニュースーパーファミコン スーパーファミコンEX
「スーパーファミコンJr.」は、本体を小型化・低価格化した後期モデルとして1998年10月に発売されました。基本的な機能や対応ソフトは通常のスーパーファミコンと変わりませんが、筐体サイズが小さくなり、コスト削減のため一部の映像出力端子(RGB端子など)が省略されるなどの変更が加えられています。ファミリーコンピュータにも同様に小型化した「ニューファミコン」というモデルが存在しており、任天堂は当時、寿命の長いハードの後期にこうした廉価版モデルを投入する手法をたびたび採用していました。
Q6 : スーパーファミコン本体の発売当時の希望小売価格はいくらだった? 20,000円 25,000円 29,800円 32,000円
スーパーファミコン本体の発売当時の希望小売価格は25,000円でした。前世代機であるファミリーコンピュータの発売時価格14,800円と比べると高額な設定でしたが、16ビットCPUや多彩な発色数、モード7と呼ばれる特殊なグラフィック機能など、価格に見合った高い性能を備えていたため多くのユーザーに受け入れられました。発売日には転売目的の買い占めが問題となるほどの人気を博し、任天堂は後の新型ハード発売時に抽選販売などの対策を講じるようになりました。競合機であったセガのメガドライブよりも高価でしたが、国内シェアでは上回る結果となりました。
Q7 : スーパーファミコンのコントローラーで、ファミリーコンピュータのコントローラーにはなかった新機能はどれ? 十字キー 連射機能 ショルダーボタン(L・Rボタン) 振動機能
スーパーファミコンのコントローラーでは、ファミリーコンピュータになかったL・Rボタン、いわゆるショルダーボタンが新たに追加されました。これにより奥行き方向の操作や視点切り替え、アイテムの切り替えなど、より複雑で多彩な操作が可能になり、多くのアクションゲームやレースゲーム、シューティングゲームで活用されています。同時にA・B・X・Yという4つのボタンも新設され、従来のA・Bの2ボタンから操作の幅が大きく広がりました。なお十字キーは前機種から引き続き採用されたもので、振動機能やアナログスティックはこの世代のハードにはまだ搭載されていません。
Q8 : スーパーファミコンに搭載された、背景の拡大・縮小・回転表現を得意とするグラフィックモードの名称は? モード5 モード6 モード8 モード7
スーパーファミコンには、背景を疑似的に拡大・縮小・回転させて立体的な表現を実現する「モード7」と呼ばれるグラフィックモードが搭載されていました。この機能は「F-ZERO」のコース表現や「スーパーマリオカート」のコース、「パイロットウイングス」の飛行シーンなどで活用され、当時としては非常に斬新な映像表現として話題を集めました。モードの名称は、ハードが備える0番から7番までのグラフィックモードのうち最後の番号であることに由来しており、スーパーファミコンを象徴する機能のひとつとして現在でも語り継がれています。
Q9 : スーパーファミコンの北米・欧州での名称は? Super Nintendo Entertainment System Nintendo Entertainment System Nintendo 64 Super Famicom System
スーパーファミコンは北米や欧州では「Super Nintendo Entertainment System」、略して「SNES」という名称で発売されました。日本での発売から遅れて1991年に北米で、その後欧州でも順次発売されています。本体デザインも地域によって異なり、日本版が紫がかった配色の角ばった筐体であるのに対し、北米版は紫と灰色を基調としたより丸みを帯びたデザインに変更されました。名称やデザインを地域ごとに変更する手法は、任天堂がその後のハード展開でもたびたび採用している戦略のひとつです。
Q10 : スーパーファミコンが日本で発売された日付として正しいものはどれ? 1990年11月21日 1990年12月21日 1991年11月21日 1989年11月21日
スーパーファミコンは任天堂から1990年11月21日に発売された家庭用ゲーム機です。定価は25,000円で、発売当日は店頭に長蛇の列ができるほどの人気となり、即日完売する店舗が続出しました。あまりの人気ぶりから転売目的の買い占めが社会問題化し、後にニュースでも取り上げられるほどでした。ファミリーコンピュータの後継機として開発され、16ビットCPUや高性能なグラフィック・サウンド機能を搭載し、以降の家庭用ゲーム機市場に大きな影響を与えました。海外では翌1991年にSuper Nintendo Entertainment Systemとして発売されています。