ハイドン、モーツァルト、ベートーヴェン――。18世紀のウィーンを中心に花開いた古典派音楽は、今なお多くの人に親しまれています。端正な形式美と、ときに思わず笑ってしまうような遊び心。その魅力は、曲を知っているほどに味わい深くなります。本記事では、作曲家や作品にまつわる基礎知識を10問のクイズにまとめました。コンサートや名曲鑑賞の前に、気軽に腕試ししてください。答え合わせで新たな発見があるはずです。
Q1 : モーツァルトの歌劇『ドン・ジョヴァンニ』が初演された都市はどこ? ウィーン ザルツブルク プラハ ミラノ
『ドン・ジョヴァンニ』は1787年10月にプラハのエステート劇場で初演されました。プラハの興行主ボンディーニの依頼で作曲されたとされ、モーツァルトはこの都市で大きな人気を得ていました。台本はロレンツォ・ダ・ポンテが書いています。ウィーンやザルツブルクはモーツァルトの活動や出身地に関係する都市ですが、この作品の初演地はプラハです。ミラノもイタリア・オペラの一大拠点ですが、この作品の初演とは関係ありません。
Q2 : 古典派の代表的な三人の作曲家の組み合わせとして正しいものは? ハイドン・モーツァルト・ベートーヴェン バッハ・ヘンデル・ヴィヴァルディ ショパン・リスト・ワーグナー ドビュッシー・ラヴェル・サティ
古典派は18世紀後半のウィーンを中心に発展し、ハイドン、モーツァルト、ベートーヴェンの三人が代表とされます。ハイドンは交響曲や弦楽四重奏曲の形式を確立し、モーツァルトは歌劇やピアノ協奏曲で均整の取れた美しさを示しました。ベートーヴェンは古典派の形式を受け継ぎつつ、感情の表現を拡大して次のロマン派への橋渡しをしました。バッハ、ヘンデル、ヴィヴァルディはバロック時代、ショパン、リスト、ワーグナーはロマン派、ドビュッシー、ラヴェル、サティは近代フランスの作曲家で、時代が異なります。
Q3 : モーツァルトのピアノソナタ第11番イ長調K.331の第3楽章は、通称で何と呼ばれる? トルコ行進曲 ハフナー ジュピター ポストホルン
ピアノソナタ第11番イ長調K.331の第3楽章は『トルコ行進曲』の通称で知られています。この楽章は、オスマン帝国の軍楽隊(イェニチェリ)の音楽を模した、打楽器的な響きを持つ行進曲風の音楽です。当時のウィーンではトルコ風の音楽が流行しており、モーツァルトも歌劇『後宮からの誘拐』などでトルコ趣味を取り入れています。ハフナー交響曲は依頼主ハフナー家に由来し、ジュピターは最後の交響曲(K.551)に付けられた通称、ポストホルンはポストホルンを用いるセレナーデの通称で、いずれも別の作品です。
Q4 : 古典派の器楽曲で、提示部・展開部・再現部からなる形式は? ロンド形式 変奏曲形式 ソナタ形式 フーガ
ソナタ形式は古典派の器楽曲、とくに交響曲や弦楽四重奏曲の第1楽章で多く用いられた形式です。提示部で第1主題と対照的な第2主題を提示し、展開部で主題を自由に展開して緊張を高め、再現部で主題を主調に戻して曲を締めくくります。この三部構成が基本で、ハイドン、モーツァルト、ベートーヴェンらが発展させました。ロンド形式は主題が繰り返し戻る形式、変奏曲形式は主題を装飾して変化させる形式、フーガは複数の声部が主題を模倣しながら進む対位法的な形式で、いずれもソナタ形式とは異なります。
Q5 : 18世紀中ごろに『オペラ改革』を唱え、『オルフェオとエウリディーチェ』などを作曲したドイツ出身の作曲家は? ヘンデル ヴィヴァルディ ロッシーニ グルック
クリストフ・ヴィリバルト・グルックは18世紀中ごろに活躍したドイツ出身のオペラ作曲家で、『オルフェオとエウリディーチェ』などで知られます。当時のオペラ・セリアは歌手の技巧的なアリアが中心でしたが、グルックは音楽を劇の内容に従わせ、レチタティーヴォとアリアの区別を緩めて劇的な流れを重視しました。この改革は後の古典派オペラに大きな影響を与えました。ヘンデルとヴィヴァルディはバロック時代の作曲家、ロッシーニは19世紀前半のイタリア・オペラ作曲家で、グルックとは時代も様式も異なります。
Q6 : ベートーヴェンの交響曲第3番『英雄』は、当初どの人物に献呈される予定だった? ルドルフ大公 ナポレオン・ボナパルト ウェリントン公 ゲーテ
交響曲第3番『英雄』は、当初ナポレオン・ボナパルトに献呈する予定で、楽譜の表紙には『ボナパルト』と書かれていたと伝えられています。しかし、ナポレオンが1804年に皇帝を名乗ったことに失望したベートーヴェンは、献辞を消し去ったとされるエピソードが知られています。『英雄』という題名は、英雄的な精神を描いた作品であることを示しています。ルドルフ大公は後年の作品の献呈先として知られ、ウェリントン公は同名の作品の題材になった人物、ゲーテは文豪で、この交響曲とは無関係です。
Q7 : 『魔笛』の台本を書いた人物は誰? ロレンツォ・ダ・ポンテ エマヌエル・シカネーダー ピエトロ・メタスタージオ ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ
『魔笛』は1791年にウィーンのアウフ・デア・ヴィーデン劇場で初演されたジングシュピールで、台本はエマヌエル・シカネーダーが書きました。彼は自ら道化役パパゲーノを演じた人物でもあり、劇場の経営者としてモーツァルトに作曲を依頼しました。ダ・ポンテはモーツァルトの『フィガロの結婚』『ドン・ジョヴァンニ』『コジ・ファン・トゥッテ』の台本作家です。メタスタージオは18世紀前半から中ごろに活躍したイタリアのオペラ・セリア台本作家で、多くの作曲家に台本を提供しました。ゲーテは『ファウスト』で知られる文豪で、『魔笛』の台本とは無関係です。
Q8 : ベートーヴェンの交響曲第9番『合唱付き』の第4楽章で歌詞に用いられた詩は? ゲーテ『ファウスト』 ハイネ『歌の本』 ヘルダーリン『ヒュペーリオン』 シラー『歓喜に寄す』
交響曲第9番の第4楽章には、フリードリヒ・フォン・シラーの詩『歓喜に寄す(An die Freude)』が用いられています。シラーは18世紀後半のドイツ文学を代表する詩人・劇作家で、この詩は自由・友愛・人類の連帯を歌った作品です。ベートーヴェンは詩の一部を選んで編曲し、独唱と合唱を交えた大規模な音楽に仕上げました。作品は1824年にウィーンで初演され、この時ベートーヴェンはほぼ聴力を失っていました。ゲーテ『ファウスト』、ハイネ、ヘルダーリンはいずれも別の作品であり、第9の歌詞とは関係ありません。
Q9 : ハイドンが1761年から約30年間宮廷楽長として仕えた、ハンガリーの名門貴族の夏の離宮はどれ? シェーンブルン宮殿(ウィーン) エステルハーザ宮殿(ハンガリー) ベルヴェデーレ宮殿(ウィーン) サンスーシ宮殿(ポツダム)
ハイドンは1761年からエステルハージ家に仕え、宮廷楽長として多くの交響曲やオペラを作曲しました。エステルハーザ宮殿はエステルハージ家の夏の離宮として建てられた大規模な宮殿で、現在のハンガリー北西部ファートーに位置します。ハイドンはここで宮廷オーケストラを指揮し、音楽活動の中心を担いました。宮殿は『ハンガリーのヴェルサイユ』とも呼ばれました。シェーンブルン宮殿とベルヴェデーレ宮殿はウィーンのハプスブルク家の宮殿で、サンスーシ宮殿はプロイセンのポツダムにあり、いずれもハイドンとの結びつきはありません。
Q10 : 問題文 トルコ行進曲 ハフナー ジュピター ポストホルン
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Q11 : ハイドンの交響曲で、第2楽章に突然の強奏和音が入ることから名付けられた通称を持つ作品は? 第45番「告別」 第101番「時計」 第94番「驚愕」 第104番「ロンドン」
交響曲第94番ト長調「驚愕」は、1791年にハイドンがロンドンでの演奏会のために作曲した作品です。第2楽章の静かな主題の後に、突然フォルティッシモの和音が鳴り響くことから、この通称がつきました。聴衆を驚かせる仕掛けとして知られ、ハイドンのユーモアが表れた名曲です。「驚愕」という名前はハイドン自身が付けたものではなく、後に広まったものです。第101番「時計」は時計の刻みを思わせる伴奏、第104番「ロンドン」はロンドン滞在中に作られた交響曲ですが、いずれも驚愕和音に由来する通称ではありません。
まとめ
いかがでしたか? 今回は古典派クイズをお送りしました。
皆さんは何問正解できましたか?
今回は古典派クイズを出題しました。
ぜひ、ほかのクイズにも挑戦してみてください!
次回のクイズもお楽しみに。