テレビゲームの歴史は、任天堂やスクウェア・エニックス、セガといった名だたるメーカーが生み出してきた数々の名作とともに歩んできました。誕生の裏側にある開発者のエピソードや、世界を驚かせた技術・記録の数々には、意外と知られていない事実も少なくありません。今回は、そんなゲームの歴史や豆知識にまつわる10問のクイズを出題します。あなたはいくつ正解できるでしょうか。ぜひ挑戦してみてください。
Q1 : 2023年時点で全世界累計販売本数が最も多いとされるビデオゲームソフトは? グランド・セフト・オートV マインクラフト テトリス マリオカート8
「マインクラフト」はスウェーデンのMojang Studiosが開発したサンドボックス型ゲームで、ブロックを自由に組み合わせて建築や採掘、冒険を楽しめる自由度の高さから世界中で人気を博しました。2023年時点で全世界累計販売本数は3億本を超えたと発表されており、これはビデオゲーム史上最も売れたタイトルとされています。現在はマイクロソフトが開発元を買収しており、PCだけでなく家庭用ゲーム機やスマートフォンなど幅広いプラットフォームで展開されています。
Q2 : 「星のカービィ」シリーズで、敵を吸い込んで能力を得る技の名称は? コピー能力 すいこみジャンプ ハンマーフリップ スターアタック
「星のカービィ」シリーズでは、カービィが敵などを吸い込んで飲み込むことで、その敵が持つ特殊能力を得ることができ、この技は「コピー能力」と呼ばれています。ファイアやソード、アイスなど数十種類ものコピー能力が作品ごとに登場し、能力ごとに見た目やアクションが大きく変化する点がシリーズの大きな魅力の一つとなっています。この仕組みは1993年の「星のカービィ 夢の泉の物語」で初めて導入されて以降、多くのナンバリング作品で受け継がれる看板システムとなりました。
Q3 : 任天堂の「スプラトゥーン」第1作が発売されたゲーム機は? ニンテンドー3DS ニンテンドースイッチ Wii Wii U
任天堂の人気アクションシューティングゲーム「スプラトゥーン」の第1作は、2015年5月にWii U用ソフトとして発売されました。プレイヤーがイカとヒトの姿を変化させながらインクを塗り合い、コート内の塗った面積を競うというそれまでにない斬新なルールが話題を呼び、シリーズ化されるヒット作となりました。続編の「スプラトゥーン2」はニンテンドースイッチ、「スプラトゥーン3」も同じくニンテンドースイッチ用として発売されており、初代のみがWii U専用タイトルとなっています。
Q4 : 「ファイナルファンタジー」シリーズの生みの親として知られるゲームクリエイターは誰? 宮本茂 坂口博信 堀井雄二 桜井政博
「ファイナルファンタジー」シリーズは1987年に第1作がスクウェア(現スクウェア・エニックス)から発売されました。生みの親として知られるのは坂口博信で、当時会社の経営が苦しい中、いわば「最後の賭け」として開発したことがタイトルの由来になったという逸話でも有名です。結果として同作は大ヒットし、以降シリーズは数十年にわたり続くスクウェア・エニックスの看板タイトルへと成長しました。宮本茂と堀井雄二はそれぞれ任天堂・ドラゴンクエストの開発者、桜井政博は星のカービィやスマブラの生みの親であり、いずれもファイナルファンタジーの生みの親ではありません。
Q5 : セガの家庭用ゲーム機「メガドライブ」の北米での名称は? スーパーファミコン プレイステーション ジェネシス ネオジオ
セガが1988年に日本で発売した家庭用ゲーム機「メガドライブ」は、北米では「ジェネシス(Sega Genesis)」という名称で発売されました。当時北米市場ではすでに「メガドライブ」という名称が他社の商標と抵触する可能性があったことなどが理由とされています。ジェネシスは北米市場で任天堂のスーパーファミコンと激しいシェア争いを繰り広げ、「ソニック・ザ・ヘッジホッグ」シリーズなどの人気タイトルを武器に一定の成功を収めたことで知られています。
Q6 : ロシア(旧ソ連)の数学者アレクセイ・パジトノフが考案したパズルゲームは? ぷよぷよ パックマン ブロック崩し テトリス
「テトリス」は1984年に旧ソビエト連邦(現ロシア)の数学者・プログラマーであるアレクセイ・パジトノフによって考案されたパズルゲームです。落ちてくるさまざまな形のブロック(テトリミノ)を回転・移動させながら隙間なく並べ、横一列が揃うとその列が消えるというシンプルながら中毒性の高いルールで、世界中で爆発的な人気を博しました。その後さまざまなハード向けに移植され、特に任天堂のゲームボーイに同梱された版は同機の普及に大きく貢献したことでも知られています。
Q7 : 「ドラゴンクエスト」シリーズのキャラクターデザインを長年担当している漫画家は誰? 鳥山明 尾田栄一郎 荒木飛呂彦 手塚治虫
「ドラゴンクエスト」シリーズのキャラクターデザインは、1986年の第1作から漫画家の鳥山明が一貫して手掛けてきたことで知られています。鳥山明は「ドラゴンボール」の作者としても世界的に有名で、その独特なタッチによるモンスターや人物のデザインは、シリーズの世界観を象徴する要素の一つとなっています。ちなみに音楽はすぎやまこういち、シナリオは堀井雄二が担当しており、この三者の組み合わせは長年にわたりドラゴンクエストシリーズの根幹を支えてきました。2024年に鳥山明が逝去した後も、その功績は色褪せることなく語り継がれています。
Q8 : 世界初の家庭用ゲーム機と言われる「オデッセイ」を発売したのはどこの国の企業か? 日本 アメリカ イギリス ドイツ
1972年にアメリカのマグナボックス社が発売した「オデッセイ」は、世界初の家庭用ゲーム機として知られています。テレビに接続してプレイするタイプの機器で、当時はカートリッジではなく専用のオーバーレイシートをテレビ画面に貼って遊ぶ仕組みでした。開発者のラルフ・ベアはこの功績から「ビデオゲームの父」とも呼ばれています。日本の家庭用ゲーム機市場が本格的に立ち上がるのは1983年の任天堂ファミリーコンピュータ発売以降であり、オデッセイの発売はそれよりも10年以上前の出来事です。
Q9 : 「ポケットモンスター 赤・緑」が日本で発売された年はいつ? 1994年 1995年 1996年 1997年
「ポケットモンスター 赤・緑」は1996年2月27日にゲームフリークが開発し、任天堂からゲームボーイ用ソフトとして発売されました。プレイヤーがポケモントレーナーとなり、様々なポケモンを捕まえて育成し、対戦や交換を通じて図鑑を完成させていくというコンセプトが子供から大人まで幅広い層に支持され、後に世界的な人気コンテンツへと成長しました。以降、シリーズは世代を重ねるごとに新作が発売され続け、現在では映像作品やカードゲームなど多方面に展開するメディアミックス作品となっています。
Q10 : スーパーマリオブラザーズ」を開発した任天堂の代表的なゲームデザイナーは誰? 宮本茂 坂口博信 堀井雄二 小島秀夫
「スーパーマリオブラザーズ」は1985年9月13日に任天堂から発売されたファミリーコンピュータ用のアクションゲームです。開発の中心を担ったのは任天堂のゲームデザイナー宮本茂で、彼はその後も「ゼルダの伝説」や「ドンキーコング」など数々の任天堂の代表作を手掛け、ゲーム業界において「ゲームデザインの神様」とも呼ばれる存在になりました。坂口博信はファイナルファンタジーの生みの親、堀井雄二はドラゴンクエストの生みの親、小島秀夫はメタルギアシリーズで知られる人物であり、いずれもマリオの開発者ではありません。
Q11 : 初代PlayStationが日本で発売されたのはどの年か? 1994年 1995年 1993年 1996年
ソニーの初代PlayStationは日本国内で1994年に発売されました。具体的には1994年12月3日に日本でのローンチが行われ、このハードは3Dポリゴンを活用したゲーム表現の普及に大きく貢献しました。1995年は北米や欧州での発売の年に近く、1993年や1996年は日本での初出の年ではないため、正しい年は1994年です。PlayStationは家庭用ゲーム機の歴史において重要な転換点となりました。
Q12 : 『メタルギア』シリーズを生み出したゲームデザイナーは誰か? 稲船敬二 小島秀夫 青沼英二 宮本茂
『メタルギア』シリーズの生みの親は小島秀夫(Hideo Kojima)です。彼はコナミ在籍時に初代『メタルギア』(1987年)を企画・設計し、その後のシリーズ作品でもディレクターやプロデューサーとして深く関わり続けました。ステルスアクションというジャンルを確立し、物語性や演出的手法でゲーム表現を拡張した点が評価されています。稲船敬二や青沼英二、宮本茂らも著名な開発者ですが、メタルギアの生みの親は小島秀夫です。
Q13 : 『ポケットモンスター 赤・緑』で最初に選べる御三家に含まれないのは次のうちどれか? フシギダネ ヒトカゲ ピカチュウ ゼニガメ
『ポケットモンスター 赤・緑』の主人公が最初に選べるいわゆる御三家はフシギダネ(くさ・どくタイプ)、ヒトカゲ(ほのおタイプ)、ゼニガメ(みずタイプ)の3匹です。一方でピカチュウはこの作品で町中で出会うことやライバルのポケモンとして登場しますが、最初の選択肢として与えられる御三家には含まれていません(初代では『ピカチュウ版』のような特別版を除く)。そのため「含まれない」のはピカチュウです。
Q14 : 『スーパーマリオブラザーズ』のメインテーマ(冒頭のBGM)を作曲したのは誰か? 坂本龍一 植松伸夫 光田康典 近藤浩治
『スーパーマリオブラザーズ』(1985年)の象徴的なメインテーマ曲は近藤浩治(Koji Kondo)が作曲しました。近藤は任天堂の作曲家として数多くのタイトル、特にマリオシリーズやゼルダシリーズの主要な楽曲を手掛けており、そのメロディはゲーム音楽の代表作として広く知られています。他の選択肢に挙がる作曲家(坂本龍一、植松伸夫、光田康典)も著名ですが、マリオのメインテーマは近藤浩治の作曲です。
Q15 : 『ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド』でプレイヤーが操作する主人公の名前はどれか? ゼルダ シーク ガノンドロフ リンク
『ブレス オブ ザ ワイルド』を含むゼルダシリーズ全般において、プレイヤーが操作する主人公は“リンク”という名前です。ゼルダはシリーズで重要な役割を持つ王女の名前であり、シークはゼルダが変装した姿の名前、ガノンドロフは主な敵対者の一人です。『ブレス オブ ザ ワイルド』は2017年にNintendo SwitchとWii Uで発売され、広大なフィールドと自由度の高いゲームプレイで高く評価されましたが、操作キャラクターは一貫してリンクです。
Q16 : 対戦格闘ゲーム『ストリートファイターII』を開発・発売した会社はどこか? カプコン ナムコ SNK セガ
『ストリートファイターII』はカプコンが開発・発売した対戦格闘ゲームで、1991年にアーケードで登場して以来、格闘ゲームの定番ジャンルを確立しました。本作は多彩なキャラクター、必殺技入力によるコンボや対戦の駆け引きといった要素で人気を博し、その成功がアーケードや家庭用ゲーム機での格闘ゲームブームを引き起こしました。制作・販売元としてのカプコンの貢献が大きく、シリーズや派生作品も多数生まれています。
Q17 : 小島秀夫が監督した『メタルギアソリッド』の初出は何年のことか? 1995年 1998年 2001年 1990年
『メタルギアソリッド』は小島秀夫がディレクターを務めたステルスアクションゲームで、初めて家庭用機で大きな注目を集めたのは1998年のことです。プレイステーション(PS1)用ソフトとして1998年に日本で発売され、映画的な演出、複雑なストーリー、ステルス要素の巧みな実装で高い評価を受けました。1995年や2001年ではなく、初出は1998年であり、この年がシリーズを世界的に知らしめた転機となりました。
Q18 : 初代『ソニック・ザ・ヘッジホッグ』(1991年)のキャラクターデザインを担当したのは誰か? 向和彦(Yuji Naka) 安原浩和(Hirokazu Yasuhara) 大島直人(Naoto Ohshima) セガ
初代『ソニック・ザ・ヘッジホッグ』の開発において、役割は分担されていました。向(Yuji Naka)は主にプログラミング(リードプログラマー)を担当し、安原浩和はレベルデザインやマップ設計を担当しました。一方でソニック本体やキャラクターのビジュアルデザインを手掛けたのは大島直人(Naoto Ohshima)です。彼がソニックの外見や表情、キャラクタースタイルの基礎を作り上げ、そのデザインが後のシリーズにも受け継がれました。したがってキャラクターデザイン担当は大島直人です。
Q19 : 1986年に日本で発売された初代『ゼルダの伝説』を開発した任天堂の部門はどれか? 任天堂R&D4 任天堂EAD スクウェア カプコン
初代『ゼルダの伝説』は1986年2月21日に日本のファミコンディスクシステム用ソフトとして発売され、開発は任天堂社内のR&D4(Research & Development 4)チームが主に担当しました。宮本茂が中心となって企画・ディレクションを行い、オープンワールド的な探索性やセーブ機能など当時としては革新的な要素を導入しました。R&D4は任天堂内で多くの重要タイトルを手掛けた部署であり、後のシリーズ作にも大きな影響を与えています。以上のことから正解は「任天堂R&D4」です。
Q20 : 『ファイナルファンタジーVII』が初めて発売された家庭用ゲーム機は? スーパーファミコン プレイステーション セガサターン PC-98
『ファイナルファンタジーVII』はスクウェア(現スクウェア・エニックス)が開発し、初出は1997年にソニーのプレイステーション(PS1)用ソフトとして発売されました。本作は3Dポリゴンとフルモーションビデオ(FMV)を多用した演出、大規模な物語やキャラクターで高い評価を受け、家庭用RPGの表現を大きく拡張した作品です。スーパーファミコンやPC-98ではなくプレイステーションが初出であり、これによりシリーズの人気が世界的に拡大しました。