1614年から1615年にかけて徳川家康・秀忠が豊臣秀頼を攻め、豊臣氏を滅ぼした戦いは?
大坂の役は、方広寺鐘銘事件をきっかけに始まった大坂冬の陣(1614年)と、その後の和議破棄を経て起きた大坂夏の陣(1615年)からなる、徳川家康・秀忠による豊臣秀頼攻めの戦いである。豊臣方は真田信繁(幸村)らの奮戦もあって抵抗したが、大坂城は落城し、秀頼と母・淀殿は自害して豊臣家は滅亡した。これにより徳川将軍家による全国支配体制が確立し、以後260年余り続く江戸幕府の基盤となった。豊臣家の滅亡によって戦国以来続いた大名同士の争いは終わり、後世この時代を指して「元和偃武」と呼ぶようになった。