1274年に元・高麗連合軍が九州の博多湾に襲来した最初の戦いの名称は?
1274年、フビライ・ハン率いる元と高麗の連合軍が、日本側が朝貢要求を拒否したことを理由に九州北部の博多湾に上陸し、鎌倉幕府の御家人らと交戦した。元軍は集団戦法や「てつはう」と呼ばれる火薬兵器を用いて日本軍を苦しめたが、暴風雨の影響もあり撤退した。これを文永の役と呼ぶ。7年後の1281年に再び襲来した戦いは弘安の役と呼ばれ、両者をあわせて元寇と総称される。この戦いを機に幕府は博多湾沿岸に石築地(元寇防塁)を築くなど防衛体制を強化した。