葛飾北斎の『冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏』初刷で用いられたプルシアンブルーは当時『ベロ藍』と呼ばれたが輸入経路として正しいものはどれか
プルシアンブルーは18世紀ドイツで偶然合成された顔料で日本には19世紀前半に蘭学ルートで長崎に入ったため『ベロ藍』あるいは『ベルリン藍』と呼ばれた。輸入を担ったのは出島のオランダ商館で当時は輸入禁制の銅青に代わる高彩度で変色しにくい新顔料として浮世絵界に衝撃を与えた。北斎はこの鮮烈な青を大波や富士の影色に用い迫力と近代的色彩感覚を獲得した。英国やポルトガル経由の記録はなく清国から入ったのは後年のインディゴで別物である。