19世紀後半に東京で無線七宝技法を確立し、1893年のシカゴ万博などで高い評価を受け“エマイユ界の巨匠”と称された七宝作家は誰か?
濤川惣助は元々金工職人でしたが、明治初期に七宝に転じ、釉薬の境目に線を用いずぼかしや写実描写を可能にする無線七宝を完成させました。線を溶かして消す独自の焼成管理で繊細な絵画的表現を実現し、花鳥画や風景画を磁器のような透明感で再現しました。海外博覧会で数々の受賞を重ね、日本の輸出工芸を牽引した人物として知られます。京都の並河靖之が有線七宝で精緻さを極めたのに対し、濤川は線を消すことで絵画的表現に革新をもたらしました。