スポーツクイズにチャレンジ! 様々な競技ジャンルから、過去の歴史的出来事や記録保持者など、あなたの知識を試すための10問をご用意しました。サッカー、野球、テニス、オリンピックなど、幅広いジャンルをカバーしています。スポーツに詳しい方はもちろん、そうでない方でも楽しめるクイズを集めました。答えを当ててみて、自分のスポーツ知識を確認してみましょう。クイズの内容は簡単から難しいまで様々なので、ぜひチャレンジしてみてください。
Q1 : 競泳のバタフライがオリンピックで独立種目として初採用された大会は?
バタフライは平泳ぎから派生し1930年代には腕の回し方が確立されたが、キックが平泳ぎと混在していたため当初は平泳ぎ種目内で泳法として認められていた。やがてドルフィンキックが定着し独立泳法と判断され、1956年メルボルン五輪で男子200mと女子100mが正式種目に加わった。1948年はまだ平泳ぎ扱い、1960年以降は距離が拡大され200m女子が追加、1972年には100m男子も行われたが初採用年ではない。ゆえに独立種目として初めて実施されたのは1956年メルボルン大会である。
Q2 : 国際クリケットで最も試合時間が長い正式フォーマットはどれか?
テストマッチは1試合最長5日間で各日最大90オーバー、合計450オーバーに達することもある伝統的形式。白いユニフォームと赤球を使用し、引き分けが頻繁に発生するほど戦術が奥深い。ワンデーインターナショナルは50オーバー制で約8時間、T20は20オーバーで3時間程度、ザ・ハンドレッドは100球でさらに短くエンタメ志向。テストは選手の技術、持久力、メンタルを総合的に試す最高峰とされ、初開催は1877年の豪州対英のメルボルン。したがって最長フォーマットはテストマッチである。
Q3 : 男子陸上100メートル走の現世界記録保持者は誰か?
ジャマイカのウサイン・ボルトは2009年ベルリン世界陸上で9秒58を記録し現在も世界記録保持者である。当時の風速は+0.9m/sで公認条件内。スタートリアクション0.146秒、後半のトップスピードが群を抜き、二次加速とも呼ばれる90m以降の伸びで他選手を圧倒した。タイソン・ゲイとヨハン・ブレークは9秒69で歴代2位タイ、コールマンは世界室内60m記録保持者だが100mでは9秒76。技術革新やスパイク改良が進む中でも9秒58は破られておらず、ボルトの偉大さを示している。
Q4 : 大相撲における最高位は次のうちどれか?
相撲の番付は上位から横綱、大関、関脇、小結、前頭…と続き、横綱が唯一の終身地位であり降格がない。昇進には2場所連続優勝相当の成績と品格が要求され、横綱審議委員会の推挙を経て横綱土俵入りが許される。大関以下は成績不振で降格する可能性があるが、横綱は休場か引退のみ。綱締めが許された力士は歴史的にも数十人しかおらず、土俵入りの型や化粧まわしも特別扱い。ゆえに横綱こそ最高位であり他の選択肢はそれ以下の役職となる。
Q5 : 夏季オリンピックの個人種目で通算最多金メダルを獲得している選手は?
アメリカの競泳選手マイケル・フェルプスは2004アテネから2016リオまで4大会で金メダル23個を獲得し、個人種目ではなくリレーを含め総合最多でも歴代最多記録を保持する。次点のラリサ・ラティニナは体操で9個、ウサイン・ボルトは短距離で8個。フェルプスはバタフライと個人メドレーを得意とし、2008北京では1大会8冠という快挙を達成した。身体能力に加えストリームライン技術や水中キックの長さが突出しており「水の怪物」と称される。ゆえに最多金メダル保持者はフェルプスとなる。
Q6 : ラグビーでトライ後に得点を追加できるゴールキックを何と呼ぶ?
トライ後に中央へ引いた延長線上から放つゴールキックはコンバージョンキック(コンバージョンゴール)と呼ばれ、成功すると2点が追加される。ペナルティゴールは反則に対するペナルティで3点、ドロップゴールはプレー中にボールを落として蹴り3点。ハイパントキックは高く蹴り上げる戦術的キックで得点行為ではない。コンバージョンの成否は試合の流れを左右し、正確なプレースキック技術が求められる。選手は風向きや距離を計算し、ボールをティーに置く位置を慎重に選定する点が特徴である。
Q7 : テニスの四大大会のうち、唯一クレーコートで開催される大会はどれか?
四大大会はサーフェスがそれぞれ異なり、全仏オープン(ローランギャロス)はレッドクレーを使用するためボールが高く跳ねてラリーが長くなる。ナダルを筆頭にクレー巧者が強さを発揮し、ストローク戦術やフットワークが重要視される。一方、ウィンブルドンは芝で球足が速く、全豪と全米はハードコートでバウンドが均一。クレーはフットプリントが残り判定が視認しやすい特徴もある。したがって四大大会でクレーなのは全仏オープンのみで、その他は異なるサーフェスとなる。
Q8 : NBAでレブロン・ジェームズが初めて優勝を経験したときの所属チームは?
レブロン・ジェームズは2010年にキャバリアーズからヒートへ移籍しビッグ3を結成、2011‐12シーズンに念願のファイナル制覇を果たした。相手はオクラホマシティ・サンダーで、シリーズは4勝1敗。得点、リバウンド、アシストいずれも高水準を記録しファイナルMVPを獲得した。キャバリアーズでは2015‐16に地元へタイトルをもたらしたが初優勝ではない。レイカーズでの優勝は2020年。セルティックスは移籍歴自体がない。したがって初優勝チームはマイアミ・ヒートとなる。
Q9 : イチローがMLBシーズン最多安打記録を樹立したときの安打数は?
イチローは2004年シアトル・マリナーズ在籍時、シーズン262安打を放ち84年ぶりにジョージ・シスラーの257本を更新した。日本人選手のみならずMLB全体の偉業として高く評価され、打率.372、OPS.869という成績も残した。この年は1試合平均1.64本の安打を放った計算になり、シーズン162試合制になって以降も破られていない大記録である。選択肢2の257本は旧記録、264本は誤記録、250本はキリの良い数字として紛らわしさを狙ったダミーである。262本こそが公式記録に認定された正しい数字である。
Q10 : 日本代表が初めてFIFAワールドカップ本大会に出場した年はどれか?
日本代表は1994年アメリカ大会の予選で惜しくも敗退し「ドーハの悲劇」と呼ばれる結末を経験したが、その悔しさをバネに翌予選を突破し1998年フランス大会で初出場を果たした。岡田武史監督の下、アルゼンチン、クロアチア、ジャマイカと同組で3連敗という厳しい結果だったものの、サポーターが現地に大挙して押しかけるなど日本サッカーの国際化を象徴する大会となり、その後の2002年日韓大会での躍進やJリーグの発展につながる大きな転機と評価されている。初出場年は1998年であり、他の選択肢は予選敗退や開催国としての参加年を示すに過ぎない。
まとめ
いかがでしたか? 今回は簡単なスポーツクイズをお送りしました。
皆さんは何問正解できましたか?
今回は簡単なスポーツクイズを出題しました。
ぜひ、ほかのクイズにも挑戦してみてください!
次回のクイズもお楽しみに。