室町幕府の興隆と展開を題材としたクイズに挑戦しましょう。足利尊氏による幕府の創設から、その後の諸将軍の時代まで、室町幕府の歴史を振り返る10問をご用意しました。室町幕府は約200年に及ぶ武家政権の中核として、中世日本の政治・文化を大きく形づくりました。この機会に、室町幕府の成立と展開についてご自身の知識を確認し、その重要性を再認識していただければ幸いです。どうぞ、クイズにご挑戦ください。
Q1 : 足利尊氏が幕府を成立させた際に重用した武士団として最も有力だったのは?
足利尊氏は自分の一族や一門の武士団を重用して幕府を支えました。北条氏は鎌倉幕府時代の執権家、新田氏や三浦氏も古参の武将ですが、幕府成立時は足利一族の力が大きく働きました。
Q2 : 室町幕府の成立の際に起きた朝廷の分裂を何と呼ぶでしょう?
建武の新政崩壊後に起きた南朝と北朝の朝廷分裂を南北朝の分裂と呼びます。これは日本の歴史の中で朝廷が二つに分かれて存在した特異な時代でした。
Q3 : 室町幕府の特徴的な仕組みで、複数人で職務を分担する役職を何と呼ぶでしょう?
室町幕府では評定衆制がとられました。評定衆は将軍の政務を合議制で補佐する役職で、重要な決定を複数人で行ったのが特徴です。これによって幕府の政務は多様な意見を反映しました。
Q4 : 室町幕府の守護大名に与えられた最大の権限を何と呼ぶでしょう?
守護請(しゅごうけ)は、守護大名に徴税や支配権を広く認めた制度です。これによって守護は国の実権を強め、大名として成長していきました。守護職や守護代は役職名です。
Q5 : 室町幕府の初期に出された武士の法令で有名なものは何でしょう?
建武式目は1336年に足利尊氏が制定した武士政権の方針や規則を定めた法令です。これは幕府の政治基盤を整える重要なもので、鎌倉幕府の御成敗式目とは別のものです。
Q6 : 建武の新政が崩壊した後、朝廷はどうなったでしょう?
建武の新政が崩壊した後、日本の朝廷は南朝(吉野)と北朝(京都)に分裂しました。これが南北朝時代(1336~1392)で、約60年近く両朝が並立し対立しました。
Q7 : 足利尊氏が対立した天皇は次のうち誰でしょう?
足利尊氏は後醍醐天皇と対立しました。後醍醐天皇は建武の新政を行いましたが、武士の不満が高まり尊氏が離反し、後醍醐天皇側と対立して南北朝時代が始まりました。
Q8 : 足利尊氏が幕府を開いた年は西暦何年でしょう?
室町幕府の成立年は1338年です。足利尊氏は1336年に建武式目を発し政治基盤を整え、1338年に征夷大将軍となって正式に幕府を開きました。1333年は鎌倉幕府の滅亡年です。
Q9 : 室町幕府の政治の中心地はどこに置かれたでしょう?
室町幕府の幕府所在地は京都です。足利尊氏は京都の室町に邸宅(幕府)を構えたことから「室町幕府」と呼ばれます。幕府の所在地が鎌倉にあったのは鎌倉幕府時代で、大阪・奈良ではありません。京都が政治と文化の中心になりました。
Q10 : 室町幕府を成立させた将軍は誰でしょう?
室町幕府の初代将軍は足利尊氏です。足利尊氏は鎌倉幕府を倒し、1338年に征夷大将軍に任じられて室町幕府を開きました。彼の活躍により武士政権が再構築され、南北朝時代を経て、その体制基盤がつくられました。義満や義政などはその後の将軍です。
まとめ
いかがでしたか? 今回は室町幕府の成立クイズをお送りしました。
皆さんは何問正解できましたか?
今回は室町幕府の成立クイズを出題しました。
ぜひ、ほかのクイズにも挑戦してみてください!
次回のクイズもお楽しみに。